Aiの現実

 Fable 5を使っている。

仕事ではフロンティアモデルはまだ許可されていない。米国メディアによると会社単位で高性能モデルを使うと、一般的に予算が厳しいらしい。意味わからんがな。米国メディアも結構変なこと言うもんだ。

まず英語でも日本語でもAI文章は臭すぎて使えない。もう本当に臭い。臭気が画面の外まで漂ってくる。仕事でそのまま使えば恥の烙印を押される(Stigma)。一方でAIをアシスタントとして使うなら大いに使ったほうがいい。情報を集めさせる、議論する。これは明らかに有用。ただしラバーダックの軽い上位互換程度に考えておいたほうがいい。結局使う本人が優秀になる必要がある。例えるとこうだ。会社にはAI以上に優秀な人材が集まっている。それでもCEOがダメなら会社が傾くこともある。これからは全員CEO時代だから自己研鑽が必要。読書の時代だ。
次にLLMの選定。Claude系は真実や真理をある程度尊重してくれるが、一方でGemini3.1 Proは使えないのが誰の目にも明らかなようだ。

Open AIの GPT-5.6 solはベンチマークスコアはどうあれ、Fable 5に遠く及ばないと思う。

俺が生きるベンチマークなのは間違いない。


あと日本のメディアで明らかにAI生成文書をそのまま使っている書き手?記者?がいる。AI文書の強烈な違和感も感じられないのに文書を書く仕事をしているのは先が思いやられるな。

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