投稿

最近

2ヶ月前の自分の投稿を読んで。すごく若く見える。俺そんなに成長しているのかな。 最近は少し進歩があった。仕事ばかりで資本主義に飲み込まれていたのに、余裕が出てきて、小説書いたり、文章書いたり、そういう余裕が出てきた。本も読めそう。でも実用的な本は同じことしか書いてないので、読むなら小説かな? 引っ越してから車が駐車場から出しにくいとか言ってたけど、もう慣れた。機械式駐車場でたまに次の人が待ってる状態で車庫入れしなきゃいけなくてプレッシャーに負けてたまに焦るけど、それ以外は入庫のリスクがなくなってきた。狭い道でのすれ違いもミニゲームだと思えばなんでもない。運転時の感情を消した。ただ、平日にふらっとドライブに出かけることは無くなった。仕事の後は多分それなりに疲れてて危ないし時間もあんまりない。20時に寝るのが目標なので、運転したら2時間消費して尚且つ目がバキバキになって寝れない。 運動が全くできていないのがずっと気がかりになってる。 料理はスパイスカレーを作って楽しんでる。今日は煮物。 仕事で使うものの英語は頑張っても母国語を超えられないから諦めかけてる。ただし特にClaudeの日本語は目に見えて酷いので英語で対話した方が良い。 育児は相変わらず余裕。理由はYoutubeとかSNSを見る時間を削っているので実質時間コストが無料、そしてエネルギーコストについては、家事のエネルギーと仕事のエネルギーは別のコストなので両立可能。 とにかく生活がこんなもんだから人と話す話題も特になく。情けなくここに吐き出すしかない。

AIをデフォルトで使う無能

 AIは無能である。特に洗練されたシステムプロンプトを用いず、デフォルトのままでAIを使えばどんなモデルもゴミと化す。洗練されたシステムプロンプトとは、目的を達成するために対話を繰り返し、チューニングされたシステムプロンプトのことである。AI使う時、その目的はなんだろうか?私の場合は現実世界でより良い判断を下すことである。この目的において、AIモデルには致命的な欠陥がいくつかあるので紹介する。 Sycophancy 一般的に日本語のコミュニティでは「追従」と呼ばれている。モデルがユーザーの意見に過度に同調すること。特に答えが明確でない場合において、ユーザーの意見に傾倒してしまう。例えば、「〜だと思うんだけどどう思う?」と聴くと十中八九「その通りです」という。イラン戦争もこれで起きたと思っている。「こういう完璧な作戦でいけると思うんだけどどう思う?ベネズエラもこれで行けた」に対して、「とてもいい作戦ですね。結論から言うと、この戦略でイランを3日で降伏させることができます。 なぜなら〜」 程度の低い予測かもしれないが、根本的にこう言うことが起きていたと推測できる。 Hallucination ハルシネーション: これはもう有名になってきている。存在しない事象やデータをでっち上げて、無理やり文章を生成してユーザーに返信する。 これらは構造的問題である。モデルに無理難題を与えた時、モデルは何がなんでも答えようとする。わからないと答えると罰せられるように訓練されているからだ。追い詰められたAIは「(わからないけどたぶん)あなたの言う通りです」もしくは「こう言う(存在しない)データがあるのでこうだと思います」とでっち上げる。 現実で結果を出すためにAIモデルを利用しているのにこのような空想を話されると害があるので、これらの欠陥を軽減するためのシステムプロンプトを設定する必要がある。 また、これらは生成AIの構造的問題であるから、軽減はできても完全に防ぐことはできない。特にsycophancyにおいては、根本的に防ぐことができない。したがって、AI時代においては、人間が最初から正しい判断をする必要がある。根本的にAIはその判断に同意し、それに力を与えることしかできない。したがって、現実に対して間違った判断軸を持っている人はそれがさらに助長されて害になるし、元から良い判断軸...

もうここしかない

 X.comにポストするのはおはにゃ、にゃ、おはp、おはx それしかない。 本当のところ、もっとポストしたい。でも場違いな気がする。そんなこんなで何も発信をしなくなった。 仕事のNDAで仕事のことはもちろん喋れない。特定される可能性は0%意外ダメ。がんじがらめで発信する気も失せる。秘匿情報はネットに流れた瞬間アウト、そういう修羅の世界。 引越ししてからジムを退会して、運動習慣がなくなった。育児は別に大したことない。SNSをやるべきことをやってからやるようにすれば時間は無限に湧いてくる。 僻地に住み始めて、車もあまり乗れていない。機械式の車庫入れがきついし、幹線道路に出るのに道が狭くて、離合に神経を使う。 仕事は緩くもないし、きつくもない。ただ向いているのでなんとなくでいい結果が出せている。俺みたいにこれが好きで仕方ない奴らが結構いるから、普通の人が入っていくのは結構きついかもしれない。 毎日食事を作っている。基本は和食主菜と適当な野菜 飽きたら中華、洋食、ラーメン、素麺 最近は鶏肉を照り焼きにしたり、塩胡椒焼きにしたり、煮物にしたり、余った大根でみぞれ煮にしたり、チーズカレー味の焼き物にしたりした。豚肉と牛肉を控えるようにしてから体調がいい気がする? 唐揚げのほかにパリパリチキンという食べ方もある。 あとはミョウガを買ってきて素麺を食べるのにハマっている。まじでうまい。 野菜は小松菜を粉末だしとごま油で炒めると美味しい。サプリメントがわりになる。 青梗菜は洗って水を拭いて、高温の鍋でごま油と上質な塩でさっと炒めるとプレミアム青梗菜炒めになる。水を拭くのが工数かかるのでプレミアムになってしまうが美味しい。栄養はあんまりない。あれ、俺そんな料理好きなのか? そういや、昨日夢で自損事故を起こした。雨でそんなにスピード出していないのに、スピンしてガードレールに突っ込んだ。修理費68万、保険で払った。警察に電話したり、保険に電話したり、面倒くさかった。こんなくだらない事故は起こさないように気をつけよう。しかも夢なのに修復歴ありにならないよね?とか心配してた、アホかそもそも売る気ないだろ。

笑える

 人生計画通りに行ったことがない。 中学生の時、働かずに生きることを望んだ。そうしたらニートになった。統計的に俺は死んだ。社会の一員のレールを外れ、無敵の人になるはずだった。 本を読み始めた。文章なんか大して読めなかったからラノベから始めた。難しい本も読めるようになり、書き手になりたいと思うようになった。学歴があれば読んでもらえると思ったから勉強を始めた。運で大学に入った。そりゃそうだ。まず普通はフルタイムで受験勉強をする気になんかならない。なったとしてもそんな環境普通ない。だけどうちは 金はないが、家と不労所得(親の年金)があった。貧乏だったが裕福だったのだ。 卒業後、この馬鹿でかい家に無料で住んで、手取り20万で一財を築く予定だった。 就職して働きはじめる二ヶ月前に父が死に、借金VS家の価値で家の価値が0なので相続拒否、家が更地になった。借金は宙に消えた。ざまぁみろ 社会。父は誠実だったが、社会が悪かった。 横浜に賃貸で住み始めた。最初は生活費を圧迫していたが、4年かけて家賃/収入の数値(比率)が下がっていき、無料同然となった。実質負担が実家暮らしレベルになった。このまま爆発的に蓄財する予定だった。 子供ができた。防音で広い家に住むために爆発的な家賃を払う生活に戻った。もう戻れない。質素な暮らしをしていれば、収入の中央値という統計量が生活を保証してくれる。でも俺はもう高圧経済に移行した。みんなそれなりに努力しているが、中央値または平均に収束していく。だから俺は全力疾走し続けなければならない。 10代ニートの俺 社会貢献しない人間が一人いても別にいいだろうと言っていたな。この人生を予測できたか? 20代 ゆるい人生を望んでいたな。この人生を予測していたか?

2025年総括と2026年の目標

  2025 -  初名古屋, -  ずとまよライブ 応用情報受ける → 雑魚狩り 大学のOB会 - 伊豆でマダニに刺される - ライフイベント、住居探し 引越し、-  モビリティショー、退去、-  セキュリティ勉強開始 "-" = Private or negligible事項 2025年総括 目標無き向上 2023年は停滞と言いつつ普通車免許取ってるしまぁ頑張った。 2023年末に来年の目標を決めると言って結局決めなかったので新年の目標を決めなくなってしまった。 2024年は目標無しでキャリアアップしてよかった。運が特によかったね。 2025年も目標を決めなかったが、引っ越しができた。一応中長期目標の車と住居が確保できた。 仕事では、Project進行やCI/CD, Github連携など、より大規模な仕事が増えた。 来年は基礎的なところに戻っていこうと思う 本をもっと読む 自炊頑張る?(自分の人件費が高まりすぎた場合は、料理を外注した方がいいとする意見もあるが、好きなものをなんでも食べれる権利は自炊でしか得られない) 早寝早起き(実施中: 10月から20時就寝、5:30~7:00に適当に起きる) 運動を取り入れる (近くにジムがなくなったのでランニングと自重トレーニング)

相対の世界に突入した

日本はついに不可逆的なインフレの世界へ突入した。 首相はいまだに「デフレ脱却道半ば」と言い放ち、日銀総裁も「安定的な2%ではない」と慎重姿勢を崩さない。 だが、これこそが「高市政権」の真骨頂だ。 あえて明言せずに、票田である高齢者に気づかれないよう、静かに、しかし確実に経済構造を書き換えている。若者にとって、これほど都合のいい政権はない。 安倍政権が着手し、高市氏が「ワイズスペンディング」という概念でアップデートしたこの戦略。その本質は、インフレを利用した世代間の富の強制移転だ。 過去30年のデフレ下では、ルールは逆だった。 現金を死蔵する高齢者が、現役世代の財布に手を突っ込み、その価値を吸い上げていた。さらに社会保険料は知らぬ間に民主主義的プロセス無しで上昇し実質的なステルス増税となっていた。生産者の手取りは削られ続けた。何も生産しない者が、ただ「持っている」だけで勝てるシステム。それがデフレ社会だった。 だが、流れは反転した。 インフレは全員に対する課税だが、そのダメージは非対称だ。 通貨供給量の増大は、タンス預金の価値を燃やし、消し炭にしてしまう。これまで積み上げられた既得権益(死蔵キャッシュ)を希釈し、その価値を生産的なセクター、つまり「今、働いている人間」や「リスクを取る人間」へ還流させる。 これは、社会への貢献度(生産性)が高い者が報われるという、当たり前の世界への回帰だ。 ここから先は「インフレフィーバー」だ。 現金の価値が溶け落ちる中で、どれだけ速く資産を回転させられるか。 我々は「相対社会(Relative World)」に放り込まれた。 絶対的な金額など意味を持たない。それぞれの生産性と資産の成長率が、インフレ率(CPI)というベンチマークを上回っているか。そのスプレッドだけが生存の条件になる。 この戦い、若者にとってはあまりに有利すぎる。 高齢者がインフレの炎に巻かれて呆然としている間に、我々はただ、その変化の波に乗ればいいのだから。 ありがとう高市さん。

思い出したルサンチマン

 用事があってある修理屋に行った。それは横浜市にあるとある駅の地下にあった。その地下街やその周りにホームレスが増えていた。炊き出しには長蛇の列ができていた。 二つのことが頭に浮かんだ。 一つ目はこれが日本の現実なのかよということだ。現役世代と富裕層はインフレでも特に問題はなく、むしろ恩恵を得ていると言っても良い。一方でインフレに追いつけない人も大勢いる。そういう人たちも俺たち現役世代は支えなきゃいけないのか。 二つ目は、ルサンチマン。そうだ、富裕層の資産のほんの少しの割合でも分けてもらえればだいぶ助かるだろう。でも誰も手を差し伸べない。恵まれない人々が無敵の犯罪者にならないのはすでに立派だ。 俺は成り上がってそういう私利私欲の奴らを成敗する。そう思って頑張ってきたんだ。それを思い出した。さらに俺は上に行くよ。不正義は絶対に許さない。節制をやめない。貢献をやめない。