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日銀どうすんのマジ

  現政権の金融政策は理論上は良かったのかもしれないが、実際には予測されたほどにはよく機能していない。 特に日銀による金融資産の大量購入がやばい、2010年から100億~1200億円のあいだで毎週とかほぼ毎日のペースで金融資産を日銀が購入している。これは金融資産に投資するような資産があって教育も受けているような人間がさらに資産を増やして行くのを助長するだけである。しかし理論上はこの政策は正しい。金を持っていて教育を受けている人間は金をどう使えばいいのかをよく知っているはずであり、彼らが有用な場所や目的に金を使ってくれれば、社会や経済がより発展する方向に寄与してくれるはずである。しかし実際には日本は低成長から抜け出せていない。つまりはこの理論上の前提が間違っていたのではないか。金を持っている連中はこの理論が言う程には高尚な投資思想などは持ち合わせておらず、単に当該金融政策で儲けたお金を自分の力と勘違いし、私利私欲に使い、有効に活用されるべきだった資源が彼らによって無駄使いされたのではないだろうか。もしくは別の理由で政策がうまく機能していないか。   ところでアベノマスクを散々メディアは叩いた来たが、あれにはせいぜい260億円しか使われていない。日本の人口で割れば一人260円以下。 一方で最近は経済の調子が落ち着いてきたから以前のように頻繁には行われていないが、例えば2020年4月なんかは毎日のように1200億円分の金融資産を日銀が購入していた。頻度と規模は異なるがこの金融政策は2010年あたりからずっと行われている。 叩くならここじゃねえのか。 日銀は金を刷りまくって金融資産を大量購入、 ETF の運用手数料を払う以外ではここに税金が投じられているわけではないが、これがインフレを起こせば、それは経済理論上実質的な 増税 と変わらない。 これって結構ヤバイ問題なのにテレビの視聴者じゃ理解できない(とメディアが勝手に決めつけている・もしくは実際に数字が取れない)からこれを問題視するメディアは一部の 経済誌 だけである。 総理が カップ ラーメンの値段がわからないとか漢字が読めないとか言って降ろされてた2008年前後の国民がやばかった時代よりはマシになったけどまだまだ民主主義の割には国民が何も考えて無さ過ぎる。 指数連動型上場投資信託受益権(ETF)および不動産投資法人投資...

キリスト教高負荷(Christianity Overload)

かねてから神に活躍の場を与えて欲しいと祈っていた。幸いにも今は社会に貢献する機会を神に与えられている。 一方で ニーチェ Ueber Menschの思想や ラスコーリニコフ の考え方とは相容れないから中堅ぐらいの貢献を任されていると思う。   「なすべき正しいことを知っていながら行わないなら、それはその人の罪です。」( ヤコブ 4:7)   他人と比較しているとそこで止まる。あなたの周りにいる人がある分野において優れた人間である確率は 統計学 的に少ない。あるとすればそれはあなたがそのレベルに達した後の話である。一方でネット上のトッププレイヤーと自分を比べることは最も愚かなことである。鬱を誘発する行為であり、さらにはモチベーションが重要である鍛錬の場においてそれを奪う行為に他ならない。 自分と自分を比較していると気付けば他の人を ごぼう 抜きしている。 競争的なゲームの腕前でも、英語の実力でも、プログラミングでも同じことが起きた。 自分を昨日よりより良い存在にしようとしてそれを継続することで、気づけば平均を遥かに上回る実力を得ている。私の弱点は、一方で、topに食い込めないことである。ゲームでも中堅止まり、英語力はかなり上位に食い込んだがまだまだ上を見ればきりがないし、英語の筆記でうなるようなスコアを取れるわけでもない。上位層としてそこそこできるの域を出たことがない。   思えば人は自分の可能性を最大化する義務があるように思える。 能力がなくとも、人のためと思って一生懸命に働く人がいる中で、それを達成する力のある人が自堕落な生活を送っているのは聖書が示す通り、罪であるように確かに思える。   故に私は自分の能力を有効に使って人類に多大な貢献をしたい。 そう思いながらも、自分のやっていることに疑問を感じる側面もある。 たとえば、今私ができるのは英語や日本語で情報を発信して人々を啓蒙するか、プログラミングで何か小規模なことをする、または投資行動を取るくらいである。 ブログに関しては規模の拡大性があり、一見よさそうではあるが、あまりにも人が来てくれないため、微妙と言わざるを得ない。プログラミングに関しては、自分の寝ている間も動いていろいろな人の役に経つプログラムを開発する潜在能力はあるものの、現状やってることの規模が小さい。投資行動は規模の拡大性があるが、資金も経験も十分...

人類の叡智を活かせているか part1

これまでに生きた人達の経験が本などの形で蓄積している中でそれらを無視して生きているように見える人がいる。 一方で人類の叡智を完全に無視することはできない。例えば スマートフォン は色々な分野の人々の努力の塊であるが、一度発明されてしまえば、後から生まれた人々は簡単のその利益を享受できる。後から生まれたという理由だけであまりにも便利すぎる。   今まで生きた人達が残した知識には少なくとも4種類ある。 一つには見ただけで役立つ情報、料理のレシピとかパソコンの組み立て方など見て真似するだけで人類の経験を利用できるもの。 2つ目は複雑性が高く、情報が参考の域を出ず、自ら実践や練習をしなければ自分のスキルにならないもの。言語、文章力、プログラミング(自分の知っている分野以外例が思いつかない) 3つ目は2つ目の特徴に加えて、体を使う必要があるため知識だけでは習得が不可能なもの。歌の歌い方、スポーツがうまくなる方法など。 4つ目はそれ以外、研究結果など。   これらは複雑さの度合いが違うだけで本質的には一緒なのだろうか。 3は明らかに異質に見える。しかしながら、世界一のアスリートや歌手を生み出す方法論はまだ体系的に文書化されていないだけで存在するはずである。 2は情報の複雑性及び量が多すぎて文書や、たとえ動画のような形であっても視覚情報のみからの学習には膨大な時間が必要で、やはり自らの認知能力ではなく実践的な学習能力を活用して習得に臨むことがより効率的なのだと思われる。ここに脳の異常な性能が垣間見える。また4は単に文書であり、研究論文の場合は結果だけ利用することができるのでむしろ1に近い性質を持っている。 そう考えると、知識という物はどれも複雑性の違いを持ってはいるが、本質的には同じでもしかすると全て文書化が可能かもしれない   続く

ランダム生成文字集合

 最近仕事が本気出してきて忙しくてやばい、たぶんもっと忙しい人はいっぱいいると思うけど慣れてないからきつい。時間はそこまでタイトじゃないけどタスクに使うエネルギーが高いからめちゃ疲れる。脳を休めたいけどプライベートでやる趣味はあまり脳が休まるものがないから客観的に考えてやばいかも。  インターネットはやばい、理性の力がインターネットの力と合わさるとほぼすべての真理に到達することができる。ていうか大学でやるような勉強もほぼ全てインターネット授業で完結するからやる気があれば大学なんか行く必要ない。一方で社会はそれに気が付いていないから構造的に大学に行くしかない。これは資源の無駄使いか何かだろうか?いや違う大学は多くの教授に職を与え、学生としていけば友達もできる。ここに大学の価値がある。そこそこきつい勉強をしながら人間関係に揉まれることがいい人間を作るのは容易に想像がつく。インターネットは一方で格差をさらに広げる媒体になっている。インターネット環境があってやる気がある人は知識をどんどん広げていく。  勉強しすぎると他の人が有能に見えて人間が怖くなる。勉強すると確かに賢くなって視野が増えるけど、たまたまランダムで生まれ落ちた自分が回りより賢いと考える理由がないから無意識に相手も同じくらいの能力があるんだろうと考える。こうなるとやばい無限ループに陥る。  こっちがこれをしようとするということを相手が予測していることを私が知っていることを相手も知っているかもしれない。。みたいな。一体何層あるんだ。  ところで最近なぜか持続可能性という言葉、観点が頭から離れない。仕事、投資、私生活に至るまで全部これ。仕事は今後数年続けるために力を適度に抜く。食事はずっと食べ続けても問題のないものを優先的に食べる。持続可能性がなければどっかで折れる、長く続けたかったらその持続性の欠如を早めにキャッチして修正しなければいけない。  一人暮らしもそう、キッチンの掃除とか怠ってると頭の中で持続可能性アラームがなる。うるせえ 正直頭の中うるさすぎる、お菓子も食べさせてくれない、高い買い物はアラートがうるさくて止められる。これなにお前マジ誰。  昔からずっと周りで働いてる人達が仕事の文句ばかり言っていた、こっちはそこそこやる気のある ニート か学生の時だったから少ない労働意欲を更に奪わないでくれと切に願って...

ランダム生成ブログ

マタイによる 福音書 7 章 7 節から 12 節 7 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 8 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 9       あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。 10 魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。 11 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。 12 だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と 預言者 である。」 最近 カラマーゾフの兄弟 を読んでいます、最高です。 本を読むこと からし ばらく離れていると、思考がどんどん真理というものからかけ離れてゆき、何年も続くとしまいには凝り固まった考え方ができる。 思考は本を読むことによって定期的にチューニングしなければならないと断言できる。 ところで、冒頭で書いた聖書の箇所は真理である。 仕事で忙殺されており説明するのが面倒くさい。 ここで例文を使った英語のレッスンをします。 真理とはself-explanatory(自己説明的=自明)である。  

親との関係と人格形成

親はたぶんある程度教育するだろうから子供は親の経験で得た知見と、親の良い面に学ぶ機会がある。一方で親の最も悪い面は反面教師で子供にはあまり受け継がれないのではないかと思う。 だとすると人間は完璧じゃない(悪い性質が一つはある)と仮定した場合、親が考えてもいなかったような予測不可能な性質が今度は子の悪い性質として現れる可能性がある。 このプロセスの中で親がコン トロール できるのは自分の経験や知見を子に教えることである。そうなると子供の人格形成をより良いものにするならば、親が勤勉で色んな知識や知見を教え込めるのが最適に思える。しかし勤勉という性質が子によって悪い性質だと認識されれば単純にやばい。こう考えると人間の人格形成が成功するかどうかは理論上運まかせに思える。昔から残っている言葉や年取った人が言っていることを勘案するにこの運任せをどうにかするのにはやはり子を愛することが重要である気がする。 また、子の人格形成では親と接する機会や会話の質がかなり重要に思えるが、実際にはほとんどの人が仕事で忙殺されており、子供に真面目に接する時間もエネルギーもないのではないかと思う。一方で 不労所得 の富裕層は教育に力を注げるから貧困・格差の再生産が起こるのは明らかである。   私の両親は貧困家庭から私という人格を生み出すために文字通り枯れ果ててしまった。 私自身は父の不可解なまでに強靭な精神力と母の何も気にしない性質を良いものとして受け継ぎ、金銭的な緩さと勉強をしない事は悪い性質として反対の性質を得た。この過程で両親はかなり疲弊してしまったのでその結果としての私は両親に報いるためにも自分の才能を無駄にしないためにも社会に貢献しなければいけないという義務感が今までもあったし今もあるが、そうすることを社会が許してくれなかった時期は非常に歯がゆく悔しいものがあった。例えば絶対に貢献できると確信しているのに落とされる公務員試験や就職試験。 幸いにも今はやりたい事をやらせてもらっている。つらいことはいっぱいあるけど正直神の導きを感じざるを得ない。そろそろ十字架のネックレス買うかな。

死者で見る日本のコロナ感染者推定

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図に示した通り、発表されている死者数を100倍くらいすれば実際の感染者の数を推定することができる。 今日の場合は今までの死者が47人なのでこのモデルだと感染者は4700人だと推定できる。 不謹慎ですみません。 潜在的 死者が3%としたのはWHOのデータに致死率がだいたい3%と書いてあったからです。前見た時は2%だったんですが最近は3.4%まで上がってるらしいです。